東京地方裁判所 平成元年(モ)7011号 判決 1990年2月16日
主文
本件申立てを却下する。
訴訟費用は申立人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 申立ての趣旨
1 東京地方裁判所が平成元年一〇月一六日同裁判所昭和六〇年ヨ第二五九一号実用新案権仮処分申請事件についてした仮処分命令は、申立人において裁判所が相当と認める金額の保証を立てることを条件としてこれを取り消す。
2 訴訟費用は被申立人の負担とする。
3 仮執行宣言
二 申立ての趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 申立ての理由
1 仮処分命令の存在
被申立人は、申立人のした別紙目録記載の勾配自在形プレキャストコンクリート側溝(以下「本件側溝」という。)の製造及び販売が被申立人の有する登録第一六一七九八六号実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を侵害するとの理由で、申立人を債務者として、東京地方裁判所に仮処分申請(同裁判所昭和六〇年ヨ第二五九一号)をし、同裁判所は、右申請に基づき、平成元年一〇月一六日、「一債務者は本件側溝を製造し販売してはならない。二 債務者が占有する前項の物品の占有を解いて、福井地方裁判所執行官にその保管を命ずる。三 執行官はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとらなければならない。」との仮処分命令(以下、「本件仮処分命令」という。)を発した。
2 特別事情の存在
民事訴訟法七五九条にいう特別の事情については、被保全権利の金銭補償可能性又は債務者の被る異常損害のいずれかが認められれば事情が存在するというべきであるところ、本件においては、次のとおり特別の事情がある。
(一) 被保全権利の金銭補償可能性
(1) 被申立人は、工業所有権等の管理を主たる業とする株式会社であり、本件考案を自ら実施することなく、申請外北越ヒューム管株式会社(以下「北越ヒューム管」という。)をはじめとする全国約一三〇社に対して本件実用新案権について通常実施権を許諾してその実施料収入を得ているにすぎない。したがって、仮に申立人の本件側溝の製造及び販売が本件実用新案権を侵害しているとしても、これにより被申立人の被る損害は、結局、実施料に相当する金額であり、金銭による補償が可能である。この点に関して、被申立人は、被申立人会社は北越ヒューム管及び申請外株式会社ホクエツ(以下「ホクエツ」という。)等の会社と共に「北越グループ」を構成するものであって、被申立人会社が技術開発及び工業所有権管理を、北越ヒューム管が製造を、ホクエツが販売をそれぞれ担当するものであると主張しているが、仮にこれら「北越グループ」各社の間に株式の持ち合い、株主の共通、役員兼任等の事実があるとしても、これら各社は、別個の法人である以上、それぞれ独立の法的存在として自己の責任と計算において行動することが求められているのであるから、その関係は、実用新案権の許諾者と実施権者との関係にすぎない。被申立人は、実用新案権者として、実施権者との関係で当然に差止申請権を行使する義務を負うという訳ではなく、被申立人の被る損害は、実施料相当額というべきである。
(2) 被申立人は、本件仮処分命令が取り消されるときは、申立人の本件側溝の製造販売により、本件考案の実施品として北越グループをはじめ被申立人から許諾を受けた実施権者が「VS側溝」の名称で製造販売する勾配自在形プレキャストコンクリート側溝(以下「VS側溝」という。)の価格が下落して、北越グループは、これにより多大の損害を被ると主張するが、福井県をはじめ、他府県においても、勾配自在形プレキャストコンクリート側溝(以下「自由勾配側溝」という。)につき需要が供給を上回っている現状であるうえ、申立人の市場占有率は福井県においてすら約一四パーセントにすぎないので、本件仮処分命令が取り消されたとしても、販売競争が直ちに激化するとか、売り込みが困難になるとか、販売価格が引き下げられるとか、販売宣伝費用が増加するというようなおそれはない。また、工業所有権を有する者が実施許諾に当たり実施権者に対して製品の販売価格ないし販売量に制約を課することは、独占行為、競争制限ないし不公正な取引方法に該当し、独占禁止法違反となるものであって、権利者としては、ひとたび実施許諾を行うときは、許諾製品の販売価格や販売量についての調整機能を失わざるを得ない。この点からすれば、被申立人が許諾製品の販売価格の下落や販売量等を自己の被る損害との関係で主張することは、失当である。更に、従来の取引の経緯からみて、顧客に顕著な値引を提示して市況を下落させた者は、常にVS側溝を販売する被申立人側の実施権者であったのであるから、被申立人が申立人側の販売者による値引を主張するのは、失当である。更にまた、被申立人から実施権の許諾を受けている北越グループをはじめとする業者について最近数年間における売上高及び純利益額をみるに、ホクエツ及び北越ヒューム管は、いずれも近年供給力を倍増して事業規模を拡大してきたもので、売上高、純利益額とも年々増加して、同業他社と比較してもとび抜けた好業績をあげているものであり、福井県下においては、取扱製品のうち、五五パーセントがVS側溝であることからすれば、被申立人が値下がりによる損失を受けているとは思われない。また、被申立人から実施権の許諾を受けている北越グループ以外の業者についてみても、近年は増収増益を示しているものであって、損失を受けているとは考えられない。
(3) 申立人の本件側溝は、輸送上の制約から、その販路が工場から八〇キロメートル以内程度に限定されており、主として公共事業に使用されるものであるから、その販売価格や販売数量の確定に困難はない。したがって、本件においては、被申立人は、申立人による本件側溝の販売価格及び販売数量を知ることが困難ではないから、損害額の算定立証が困難であるとはいえない。
(二) 申立人の被る異常損害
(1) 申立人の直接損害
ア 申立人は、鯖江工場をはじめ若狭工場、滋賀工場等において本件側溝の販売を行っていたものであるが、本件側溝は、実質的には、全部公共事業に使用され、当該公共事業の実施は、毎会計年度後半に集中していることから、申立人は、需要期開始前にあらかじめ供給力に不足する分を製造して、価格として一億円を下らない在庫量を準備していた。また、需要期におけるユーザーの需要に対応するためには、前記の在庫に加えて申立人の全生産力をフルに稼動させて生産を行う必要がある。本件仮処分命令により、申立人は、前記在庫量の出荷を禁止されたうえ、更に、全工場における製造と今後の販売を禁止された。これにより予定されていた売買代金の入金は不可能となり、申立人は、製造設備及び在庫品製造のための投資についての金利負担により圧迫を受けることになる。
イ 一般に、建設業者が工事を受注した場合には、その工事に含まれるコンクリート製品をブロックメーカーに一括発注するため、側溝ブロックの供給については、側溝工事以外の工事用のコンクリート製品(カルバート、積みブロック、境界ブロック、L型擁壁ブロック、基礎杭、法枠ブロック、U字溝等、多品種かつ大量のコンクリート二次製品)の需要が伴うものであるところ、申立人における本件側溝の供給もまた、側溝工事の一部をなすものにすぎず、本件仮処分命令により本件側溝の供給が不可能となることにより、申立人は、他のコンクリート製品の販売にも致命的な影響を受けることになる(ちなみに、工事種別による側溝ブロックと他のコンクリート製品の割合は、一定ではないが、例えば、道路工事の場合は五〇対五〇程度、区画整理事業の場合は三〇対七〇程度、宅地造成工事は一〇対九〇程度である。)。
ウ 申立人は、福井県において実施されている九八箇所の公共工事のために本件側溝を供給する契約を締結しているところ、本件仮処分命令により供給を禁止されたものであって、後記のとおり、一部の顧客との間では契約解除等の了承を得たものの、顧客からの厳しい履行請求に対応することができず、深刻な事態に陥っている。ユーザーにおいては、今後申立人との取引停止の動きもあり、本件仮処分命令が取り消されず維持されるときには、これが現実化するおそれが極めて大きい。
エ 以上のような状況に照らせば、本件仮処分命令が取り消されず維持されるときには、申立人の経営が重大な危機に瀕することは明白である。
(2) 公共工事への影響
ア 申立人は、福井県において実施されている九八箇所の公共工事のために本件側溝を供給する契約を締結しているところ、本件仮処分命令により供給を禁止されたものであって、困難な状況に陥っている。すなわち、福井県における平成元年度後半における申立人の本件側溝の需要は、約一万本と見積もられるところ、申立人の在庫品の出荷が不可能となり、かつ、申立人による本件側溝の製造が禁止されると、同県における自由勾配側溝の供給量は、到底需要を充足することができない。
イ 申立人は、本件側溝の技術的な欠陥に鑑み、かねてからその設計変更を検討してきたものであるところ、平成元年一〇月から設計変更後の新製品(以下「設計変更品」という。)の製造を開始したことから、前記九八箇所の公共工事のうち発注者の了解を得て契約を合意解除した約二五件を除き、設計変更品を納入することを発注者に申し入れ、一部については了承を得た。しかしながら、製造設備の変更、製造工程・部品数の増加、ユーザー・ゼネコンにおける設計変更品への切り替えへの抵抗等の事情から、出荷することのできる数量に制約があり、市場の需要に応じることは到底できない。
ウ また、北越グループらの製造販売するVS側溝は、本件側溝とは規格が異なり、天端巾が本件側溝より三ないし五センチメートル広いことから、前記公共工事につきVS側溝をもって本件側溝に代替することは、車道幅員の縮小を伴い、また、側溝の外側に新たな用地の確保を必要とする場合が生ずるなどの問題があるほか、事業主体である市町村等において標準設計を示したうえでの採用後の代替は手続上容易でないなど、困難な点が多く、事実上不可能である。
エ これらの公共工事は、公共事業としての性質上予算制度の制約があり、今予算年度末(平成元年度末)までに完成させる必要があるところ、もともと工事計画上時間的余裕が乏しいものであるから、この点からも、VS側溝をもって本件側溝に代替することは困難である。
オ 更に、福井県をはじめとする地方公共団体においては、現在、膨大な量の自由勾配側溝を要する工事の計画を準備中であり、今後、今会計年度後半中には公共工事が集中することが予想されるものであって、本件仮処分命令を取り消すことなくしては、これらの公共工事を今年度中に実施することは困難である。
福井県における昨年度(昭和六三年度)一月ないし三月の側溝ブロックの需要は、合計約一万八〇〇〇トンであり、今年度の同時期には昨年度を上回る需要が予測されるところ、昨年度における北越グループのVS側溝の供給量に照らせば、その後の同グループの生産量の増大を勘案しても、なお、今年度同時期における公共工事による需要量に、同グループ及び被申立人側の実施権者のみをもって対応することは不可能である。おそらく、工事発注者は、被申立人を説得して、申立人側の業者による本件側溝の出荷に明示ないし黙示の同意を与えさせることにより事態を一応収拾し、年度末までに工事を完成させるものとみられるが、それにしても、本件仮処分により申立人の製造販売が禁じられている状況では、需給関係の混乱は避けられない。
カ 申立人は、福井県を中心としてその事業を運営し、コンクリート二次製品の安定供給に努力を傾け、それなりの実績をあげてきたものと自負している。工事発注者たる地方公共団体からの要請があれば、それに対応するための環境を作り出すための努力は、いかなる時においても怠ることができないのが、地域社会における供給者、供給設備を保有している者の社会的責任であり、このような申立人の社会的職責の遂行に支障を生ずることを避ける観点からも、本件仮処分命令は取り消されるべきである。
(3) ユーザーへの影響
ア 前記公共工事の施工者として既に本件側溝を発注しているユーザーとしては、申立人からの本件側溝の納入がなされないときには、工期までに工事が完成せず、工事代金の回収ができないことになる。その額は、本件側溝の代金価額の約一〇倍にも達するものであって、ユーザーは、回復不能な経済的損失を被ることになる。
イ 更に、前記のとおり、福井県をはじめとする地方公共団体において、自由勾配側溝を要する工事の計画を準備中であり、今後、今会計年度後半中には公共工事が集中することが予想されるところ、これらの工事を受注して施工する建設業者としても、本件仮処分命令の取消しなくしては、工事に必要な側溝ブロックを調達することができず、年度末までに工事を完成することが不可能となる。
(4) 被申立人側の事情
ア 既に述べたとおり、本件仮処分命令の取消しにより被申立人の被る損害は、実施料に相当する金額であって金銭による補償が可能である。更に、加えるに、本件仮処分命令が取り消されたとしても、福井県等における今年度の側溝ブロックの需給状況に照らせば、販売競争の激化、被申立人側における売り込みの困難化、販売価格の下落、販売宣伝費用の増加といったおそれはなく、また、被申立人から実施権の許諾を受けている北越グループをはじめとする業者は、最近数年間における売上高及び純利益額を増加して、好業績をあげているものであって、仮処分命令の取消しにより損害を受けるとは考えられない。
イ 本件実用新案権に係る製品は、実質的には、全部が公共工事に使用されるものであり、加えて、本件実用新案権は、異議申立てによりいったん拒絶査定となり、権利は成立しないものと一般に考えられて、多数の企業がこの観測のもとに事業を開始していたところ、審判を経て登録されたものであって、これらの事情が存在することに照らせば、被申立人において無制約に差止請求権を行使することは、権利濫用をもたらすおそれなしとしない。
(5) 本件実用新案権の無効事由の存在
本件実用新案権には、無効事由が存在する。すなわち、本件実用新案権に関し昭和五一年九月三日になされた分割出願は、要旨変更に当たるので、原出願日遡及の効果は認められず、他方、右分割出願の考案に係る製品は、おそくとも同年三月には公然と実施されていたから、これにより、本件考案は、公知公用となっていたのである。申立人は、昭和六一年九月二日、右事由を理由として本件実用新案権について無効審判を請求して、現在、右審判は、特許庁において審理されているものであって、申立人としては、無効審決がなされるものと理解している。なお、ここにいう要旨変更とは、原出願における明細書の記載の一部が分割出願において無視されて、無制約な補正がなされ、これにより要旨変更がなされている点を問題とするものである。なおまた、右補正により成立した本件実用新案権は、側溝形成後の躯体の目的整合性、安全性、耐久性に問題を含む製品までも包含するような権利に拡大されており、この点からも、原明細書に開示された内容と異なることは明らかであるが、現に、本件考案の実施品であるVS側溝について作業中に破損する等の事実が発生して、石川県土木部、愛知県半田市土木課及び静岡県浜松市建設部から耐久性の改善についての指導ないし要望が行われているものであって、この事実は、右要旨変更についての申立人の主張を裏付けるものである。
(三) 以上のとおり、仮に申立人の本件側溝の製造及び販売が本件実用新案権を侵害しているとしても、これにより被申立人の被る損害は、金銭による補償が可能であり、また、本件仮処分命令により、申立人は、異常損害を被っている。他方、申立人は、本件仮処分命令の本案訴訟(東京地方裁判所昭和六〇年(ワ)第一三六七七号実用新案権侵害差止請求事件。以下「本件本案訴訟」という。)の第一審判決に対する強制執行停止申立事件(東京高等裁判所平成元年(ウ)第一二〇九号)において金五〇〇〇万円を担保として既に提供しているほか、更に、保証金が追加的に必要とされるときは、裁判所の判断に従ってこれを提供する用意があるから、本件仮処分命令は、これを取り消すべきものである。
二 申立ての理由に対する被申立人の認否及び主張
1 仮処分命令の存在について
申立ての理由1の事実は認める。
2 被保全権利の金銭補償可能性について
(一) 申立ての理由2(一)については、このうち、被申立人が工業所有権等の管理を主たる業とする株式会社であること、本件考案を自ら実施していないこと及び北越ヒューム管をはじめとする全国で一〇〇社を超える業者に対して本件実用新案権について通常実施権を許諾してその実施料収入を得ていることは、認めるが、その余の申立人の主張は、争う。
(二) 被申立人は、製品開発及び工業所有権の管理を担当する会社であり、株式を持ち合い、同一役員による兼任関係にある次の各社と共に北越グループを構成して、同グループ内において、それぞれ次のとおり各部門を担当しているものである。
北越ヒューム管 製造
北越コンクリート株式会社 製造
ホクエツ 販売
被申立人会社 製品開発及び工業所有権管理
したがって、被申立人自身は、コンクリート製品の製造販売を行っていないが、北越グループとしてはその製造販売を本業としており、実質的には、被申立人自身が製造販売しているのと同一である。
そして、同グループは、次のとおり、申立人の侵害行為によって回復し難い損害を被っているのである。
北越グループは、コンクリート製品の製造販売を本業としており、常に、新製品を開発し、その普及を図ってきたものであり、自由勾配側溝も、その一つである。北越グループは、昭和五〇年に自由勾配側溝を開発し、昭和五一年四月一五日にその考案である本件考案について実用新案登録出願をした後にこれを製品化し、同年三月から「勾配可変側溝」の名称(昭和五六年に「VS側溝」に名称変更)でその普及につとめた結果、年を追って普及し、地域によっては自由勾配側溝が道路用側溝ブロックの主流を占めるに至った。北越グループの営業地域は、東北、関東、北陸地方であるところ、コンクリート製品の運搬の非容易性により供給地域が工場から一定範囲に限定されることから、自由勾配側溝の普及を図るため、地域の実情に応じて各社に本件考案の実施許諾を行い、実施権者によるVS普及会を組織して規格を統一してきた結果、全国で一〇〇社を超える各社に実施許諾を行い、全国的に供給することができる態勢を整備するに至った。そして、福井県についても、北越グループは、工場を設け、自社生産と実施許諾により供給態勢を確立しようとしていたところ、自由勾配側溝の優秀さと成長性に着目した申立人は、VS側溝の形状を若干修正した形状の自由勾配側溝の意匠について昭和五四年一一月九日に意匠登録出願をし、その意匠に係る側溝を門型側溝と称する製品として販売した。これが本件側溝である。福井県においては、申立人をはじめとする業者が組合員となって福井県コンクリート二次製品工業組合という共販組織を結成し、申立人は、門型側溝を組合規格として、この組合を通じて本件側溝の共同販売を行ってきた。そして、更に、申立人は、自社の門型側溝の型をホクコン型と称して、各地の業者に実施許諾することにより、被申立人自身の本件実用新案権侵害にとどまらず第三者による侵害をも行わせてきたのである。
申立人の総売上高中に本件側溝の売上高の占める割合は、一パーセントにも満たない僅少なものであり、申立人は、そのような本件側溝をおとり商品として、他のコンクリート製品の売り込み、他製品の販売により利益をあげるという販売方針をとっているものであって、このため、申立人は本件側溝の販売に当たって思い切った値引きを行っており、その結果として、自由勾配側溝の適正価格はトン当たり一万九〇〇〇円程度であるのに、福井県における販売価格は、一万五〇〇〇円程度まで下落している。これに対して、北越グループの場合は、福井県下においては、VS側溝の売上が全体の五五パーセントを占め、鯖江工場に至っては、その生産の九五パーセントがVS側溝であることから分かるように、VS側溝が主力商品である。福井県において年間約三万五〇〇〇トンのVS側溝を供給している北越グループとしては、申立人の値引きにより多大の損害を被っているものである。
申立人は、ホクエツ及び北越ヒューム管等が利益をあげていることを理由に損失を受けているとは言い難いと主張するが、これら各社の利益は、企業努力に基づくものであり、申立人の侵害行為がなければ、更に多額の利益をあげていたはずであって、これをもって申立人の侵害行為による損害を否定する根拠とはなし得ない。そもそも、他の商品を含めた会社全体の決算をみて増収増益となっているから損失がないということはできず、また、権利者が赤字にならなければ仮処分の必要性がないなどということもできない。
加えて、福井県下においては、侵害品であるホクコン型が地元の利を生かし、仮処分申請中にもかかわらず、売上をのばし、その結果、北越グループの市場占有率は、昭和五七年に七〇パーセントであったものが、平成元年一二月現在では五〇パーセントにまで下降している。
本件実用新案権の存続期間は、平成二年四月一五日までであるところ、ここで本件仮処分命令を取り消すときには、申立人側の製品が一挙に売上を伸ばし、市場占有率を高めるおそれがある。このようなことでは、本件実用新案権の独占権としての意味は、全く失われ、被申立人の開発努力は報われないことになるばかりか、将来の市場占有率の帰すうにも大きく影響することとなる。
(三) 被申立人は、実施料を対価として北越グループ以外の各社にも本件考案の実施許諾をしているものであって、許諾をした実用新案権者として、これらの実施権者のためにも、申立人による侵害行為を差し止める義務を負うものである。また、一方で実施料を支払っている実施権者があり、他方で実施料の支払なく侵害行為を行っている者がいる状況を放置するときは、実施権者としては、実施料を支払う意味が失われるものであって、このような観点からも、被申立人には差止めを求める必要性がある。
更に、本件の場合、被申立人は、需給関係を考慮して地域別に実施許諾を行っているものであり、申立人の侵害行為は、申立人の実施計画を妨害するとともに、このような実施計画に基づいて実施許諾を受けた実施権者の利益を害することになる。
(四) 申立人の主張は、要するに、侵害行為を行っても、本案判決の確定を待って実施料相当額を損害賠償額として支払えば民事上の責任は尽くされるというに帰するが、これは、独占権である実用新案権の本質を無視するものである。被申立人は、実用新案権者として誰に実施を許諾するかの自由を有しているものであって、被申立人がVS普及会を組織して計画的に実施許諾をしているときに、ほしいままに侵害行為を行い、事後的に実施料相当額を支払えば足りるというのでは、被申立人と実施権者との間の実施契約は無意味に帰してしまうのであって、申立人の主張は、明らかに失当である、
そもそも新技術の開発には多額の先行投資が必要であって、これを商品として普及させるにも、多大の費用を要する。ところが、侵害者にとっては、これらの負担は全く不要であることから、正当な権利者ないし実施権者より低価格による販売が可能となり、有利な条件の下で市場における競争を行うことが可能である。仮処分による早期における差止めを認めず、事後的な損害賠償で足りるというのでは、企業の開発意欲を阻害し、工業所有権制度の本質が崩壊することになる。
前述のように、本件実用新案権の存続期間は、平成二年四月一五日までであり、期間満了前六か月にしてようやく権利の本質である独占的実施を実現し得たのに、ここで本件仮処分命令が取り消されるときには、被申立人としては、もはや差止請求権を行使する機会は永久に失われ、反面、申立人は、取消しを好機として一挙に市場占有率を向上させる行動にでることが予想されることから、将来の市場占有率の帰すうにも、大きな影響を与えることとなるのである。
(五) よって、本件仮処分命令が取り消されるときは、被申立人に対し、単なる金銭補償をもっては回復し難い損害を与えるものである。
3 申立人の被る異常損害について
(一) 申立ての理由2(二)は、争う。
(二)(1) 申立人の直接損害について
ア 申立人は、全国に一六工場を有しているが、そのうち本件側溝を製造しているのは、福井県所在の鯖江工場と若狭工場である。主として製造しているのは、このうち鯖江工場であり、若狭工場には二〇〇本程度の在庫しか存在しない。被申立人は、本件仮処分命令の執行として、鯖江工場において二〇八四本の本件側溝を執行官保管とした。そして、その額は、合計約三〇〇〇万円である。主力工場である鯖江工場における在庫が右程度の量であるから、その他に若狭工場及び滋賀工場分を加えても、一億円の在庫があるという申立人の主張は、いかにも過大であって、認めることはできない。
イ 需要期を控えてフル生産をする必要があるとの主張については、それは、侵害行為を更に拡大しようとするものである。このような行為を防止しようとすることこそが仮処分の目的にほかならないのであって、このような事情が取消事由とならないことは明らかである。
ウ 売買代金の入金が遅れ、金利負担を生じて経営を圧迫するという点については、仮処分の執行に当然に伴う不利益であって、特別事情に該当するものではない。
申立人の経営状態をみるに、昭和六三年度における売上高は一七九億九七〇〇万円、経常利益は一一億二一〇〇万円となっている。申立人の主張によれば、平成元年度後半における申立人の本件側溝の需要は、約一万本と見込まれるというのであるから、一本平均一万五〇〇〇円(申立人提出の疎明資料による。)として計算しても一億五〇〇〇万円であるから、総売上高に占める本件側溝の割合は、前年の総売上高を基準としても、〇・八パーセントにすぎない。したがって、本件仮処分命令により本件側溝の製造販売を差し止められたからといって、申立人の経営に影響を与えるものとは到底いえない。
エ また、本件側溝の主力工場である鯖江工場の従業員は、二〇名前後にすぎず、しかも、同工場では、本件側溝以外の多種多様な製品も製造しているから、本件仮処分命令により申立人会社の従業員の雇用状態に影響を与えるということもない。
オ 申立人は、本件仮処分命令により本件側溝の供給が不可能となることにより、他のコンクリート製品の販売にも致命的な影響を受けることになると主張するが、申立人の総売上高中に本件側溝の占める割合は僅少であり、本件側溝を製造しているのが申立人会社の一六工場のうちの一部にすぎないことからすれば、他のコンクリート製品に影響しているとしても、そのことが申立人の経営をゆるがすようなものとはいえない。申立人の本件側溝をおとり商品とする他製品の販売により、被申立人は、多大な損害を被っているものであり、この点からすれば、かえって、本件仮処分を取り消したときの被申立人の不利益の方が大きいというべきである。
カ 受注先から厳しい態度をもって納期の履行を求められ、これに対応することができないとの主張については、これは、すべて申立人自身による侵害行為によって生じた当然の帰結であり、仮処分に伴う必然的な不利益として申立人において甘受すべきものである。
キ 本件側溝を製造販売する行為が本件実用新案権を侵害するものであることは明らかであって、申立人の販売納入先はすべて工事業者であることから、これら工事業者が本件側溝を使用する行為もまた、本件実用新案権の侵害行為となるものである。申立人が本件側溝の納入を更に継続しようというのは、取引先の業者の侵害行為を助長する行為であって、厳に慎むべきことである。
ク 実用新案権の侵害は、実用新案法五六条の規定により刑事罰の対象となっていることからすれば、仮に本件仮処分命令が取り消されたとしても、申立人としては、本件側溝の販売をすることはできないはずである。
ケ 本件仮処分命令の発令の経緯についていえば、本件仮処分命令は、債務者である申立人にとって突然に発令されたものではなく、申立人としては、発令を予測してこれに対応する措置をとる時間的余裕が十分あったものである。すなわち、本件仮処分命令は、昭和六〇年に本件本案訴訟の提起に伴って申請され、本案訴訟の第一審判決の言渡しの後に発令されたものであって、その間に四年間の期間があり、申立人としては、本案訴訟の推移に鑑み、本件仮処分命令の発令を予想して、本件側溝の納入先に迷惑のかからないような措置をとる時間的余裕が十分にあったものである。しかるに、そのような措置をとることもなく、漫然と本件側溝の製造販売を継続したまま本件仮処分命令の発令を迎えたため、納入先から契約履行について厳しい要求を受けたからといって、それは、自己の行為に基づくものとして甘受すべきものである。
コ 福井県コンクリート二次製品工業組合所属の業者のうち、従来本件側溝を販売していた一〇社は、いずれも、本件本案訴訟の第一審において本件側溝の実用新案権侵害を認める判決がなされた後は、本件側溝の販売を中止している。しかるに、申立人のみが、本件仮処分命令の取消しを得てまで本件側溝の製造販売を行わねばならないとする必要性は、全く存在しない。
サ 更に、申立人が、本件側溝について設計変更をして既に設計変更品を製造販売しており、また、申立人において設計変更品の品質の方が優れていると考えているのであれば、なおさら本件仮処分命令を取り消す必要はないことになる。
シ また、申立人は、魚津市農林土木課発注の魚津市慶野地内の工事現場に平成元年一二月一八日に本件側溝二〇本を、富山市農林部土地改良発注の富山市八町地町の工事現場に同年一一月一五日からの工事期間中に本件側溝三二本をそれぞれ納入したほか、本件仮処分命令の執行後も、鳥取県の大山工場においてCH側溝と称する侵害品を製造販売している。このように本件仮処分命令に違反する行為を行っていながら、その取消しを求めることは許されないものである。
(2) 公共工事への影響について
申立人は、本件仮処分命令によって公共工事に支障を生じていると主張するが、そのような事実はない。
申立人の主張する具体的な工事現場については、いずれも側溝工事に支障を生ずることなく工事が実施されている。申立人が工事に支障を生じている旨当初主張していた各工事現場については、本件側溝に替えてVS側溝が使用され、あるいは本件仮処分命令が発令されているにもかかわらず、その後に申立人あるいはその下請ないし関連会社から本件側溝に該当する門型側溝が納入されて側溝工事が終了している。
申立人は、本件側溝とVS側溝との代替は困難であると主張するが、代替可能である。公共工事が発注される際の設計書においては、特定の製品名が指定されることはなく、公共工事を落札した工事施工者において、自由勾配側溝としてVS側溝とホクコン型側溝のいずれを採用するかは、自由である。VS側溝の天端巾が本件側溝より若干広いことで、車道幅員との関係等から代替性に困難をもたらすことはなく、この点についての申立人の主張は、失当である。現に、工事の支障を申立人が当初主張していた泊関連道整備工事(発注者小浜市、施工者杉本組)では、本件側溝に替えてVS側溝が使用されている。
北越グループに属する北越ヒューム管、北越コンクリート工業株式会社のほか、被申立人から実施許諾を受けているVS普及会所属の各社を併せると、福井県及び隣接各県(ただし、京都府を除く。)で一六社一八工場があり、福井県に三社がある。そして、福井県内五社六工場の生産能力は、一か月約九六〇〇本(約三〇〇〇トン)であり、平成元年一〇月末において一万七五一〇本の在庫量を有するものである。このように、被申立人側において十分な代替供給能力があるのであるから、本件仮処分命令の取消しなくして十分に需要に対応することができる。
以上のとおり、本件仮処分命令によって公共工事に支障を生じている事実はない。
(3) ユーザーへの影響について
前述のとおり、本件仮処分命令の発令後も公共工事に支障を生じている事実はなく、また、本件側溝とVS側溝との代替が可能であるから、本件側溝のユーザーにおいて工事完成不能による損失を被る旨の申立人の主張は、失当である。
(4) 被申立人側の事情について
本件仮処分命令が取り消されるときは、被申立人が金銭補償をもっては回復し難い重大な損害を被ることは、既に述べたとおりである。前述のような申立人側の事情と本件仮処分命令が取り消された場合の被申立人の重大な損害を比較すれば、本件において仮処分の取消事由があるとはいえない。
(5) 本件実用新案権の無効事由について
申立人は、本件実用新案権に無効事由がある旨の主張を、本件本案訴訟において、また、本件仮処分の審理においても主張しているが、本案訴訟第一審判決において右主張は認められておらず、申立人の請求している無効審判においても、申立人の主張が認められる可能性はない。なお、福井県コンクリート二次製品工業組合も、本件実用新案権について無効審判を請求していたが、昭和六三年一〇月一九日に請求は成り立たない旨の審決がなされている。申立人が無効審判において無効事由として主張するところは、右審判における主張と比べて特に新しいものはなく、この点からも、申立人の無効審判請求が排斥されることは明らかである。
VS側溝について、石川県土木部、愛知県半田市土木課及び静岡県浜松市建設部から耐久性の改善についての指導ないし要望が行われている事実はなく、申立人の主張は、事実に反する。
以上のとおり、本件実用新案権の無効についての申立人の主張は、失当である。
三 被申立人の主張に対する申立人の反論
1 被申立人の主張3(二)(1)シについて
申立人が富山市八町地町の工事現場に本件側溝三二本を納入したことは認める。本来、設計変更品を納入の予定であったところ、現場の手違いにより本件側溝を納入してしまったものであり、工事残の八九本については設計変更品に切り替えた。申立人は、本件仮処分命令の執行後においては、各工場事業所に対して仮処分命令遵守の指示を行っていたものであるが、関係工場が九工場に達することもあり、結果として指示の徹底が不十分であったことは認めざるをえない。
申立人が魚津市慶野地内の工事現場に納入した自由勾配側溝二〇本は、川崎製鉄株式会社、日新製鋼株式会社、前田製管株式会社等の申立人を含めた六社の共同開発に係るSB型消・流雪溝であって、本件考案の技術的範囲に属するかどうか疑問であり、また、本件仮処分命令の対象ともなっていない。
鳥取県大山工場の製造品は、既に、設計変更品に切り替えている。
2 同3(二)(2)について
申立人が工事に支障を生じている旨当初主張していた各工事現場については、申立人による契約解除の申入れが受け入れられ、他社製の門型側溝が納入され、あるいは設計変更品への切り替えが認められて、いずれも工事に支障を生じていないことは認める。なお、泊関連道路工事については、申立人による契約解除の申入れが受け入られたものであり、右解除後本件側溝に替えてVS側溝が使用されたかどうかは知らない。
第三 証拠関係<省略>
理由
一 仮処分命令の存在
申立ての理由一1(仮処分命令の存在)の事実は、当事者間に争いがない。
二 特別事情の存在
申立人は、本件仮処分命令を取り消すべき特別の事情としては、被保全権利の金銭補償可能性又は債務者の被る異常損害のいずれかが認められれば特別の事情が存在するというべきであるところ、本件においては、この双方が存在すると主張するので、順次判断する。
1 被保全権利の金銭補償可能性について
仮処分中には、金銭補償を受けることにより終局目的を達することができるものもあり、このような事情の認められる場合には、この一事をもって民事訴訟法七五九条にいう特別の事情が存在すると解することができる。右にいう金銭補償により終局の目的を達することができる場合とは、被保全権利が財産権であって金銭賠償が可能であることを必要とすることは当然であるところ、単に抽象的に金銭賠償が可能であるというだけでは不十分であって、被保全権利の実現と金銭補償によって受ける利益とが等価値でなければならない。およそ仮処分によって保全しようとする権利は、その性質上必ずしも金銭的利益と等価値ではないが、個々の具体的場合においては、例外的にこれを等価値とみることができる場合もあるので、そのような場合に限り、これを理由として保証を条件とする仮処分の取消しを命ずることができるものと解すべきところ、等価値であるかどうかについては、被保全権利の性質、従来の権利行使の状態、当該仮処分の種類内容、仮処分の必要性の程度、仮処分の取消しによって債権者に生ずる不利益の内容及びその蓋然性、債権者による損害賠償請求権行使の難易度等の諸般の事情を総合して判断すべきものである。
これを本件についてみるに、本件仮処分の被保全権利は、実用新案権に基づきその侵害の停止及び予防を求める差止請求権であるところ、およそ実用新案法が事後の損害賠償にとどまらず、実用新案権者が権利侵害の停止又は予防を請求することができることを規定している(同法二七条)のは、一般に実用新案権に対する侵害においては、権利者の被る損害が金銭的利益に止まるものではないと解されることから、事後における金銭賠償のみでは侵害からの救済が不十分であり、差止請求権に関する定めを要するという趣旨によるものと解するのが相当である。実際、実用新案権を含めて工業所有権については、その権利の本質は独占権にあるのであり、その権利の行使は、製品の製造販売を通じて権利者ないし実施権者の業界ないし市場における地位に密接に関連するものであって、法律に基づいて付与される独占的地位の保障なくしては、権利者ないし実施権者の経営の存立すら危うくなることもまれではないというべきである。これらの点からすれば、同法による差止請求権を被保全権利とする仮処分にあっては、特段の事情のない限り、事後における金銭補償によって仮処分の終局の目的を達することはできないというべきである。
そこで、これを本件仮処分命令についてみるに、被申立人が工業所有権等の管理を主たる業とする株式会社であって、本件考案を自ら実施することなく、北越ヒューム管等の北越グループ各社をはじめとする一〇〇社を超える業者に本件実用新案権についての通常実施権を許諾してその実施料収入を得ていることは、当事者間に争いがないから、被申立人の、本件仮処分命令によって保全される利益のうちには、北越グループ各社をはじめとする実施権者のVS側溝の販売量ないし売上高の減少の防止、ひいては、被申立人がこれら実施権者から実施料として取得すべき報酬その他の金銭的利益の減少の防止が含まれていることが認められ、この限りにおいては、金銭補償により目的を達し得るということができる。
しかしながら、本件考案を自ら実施することなく他人に通常実施権を許諾して実施料収入を得ているという一事のみをもって、直ちに、被申立人の被保全権利が金銭的利益と等価値であると判断することはできない。すなわち、実用新案権者としては、一般に、通常実施権を許諾するに当たり、実施許諾すべき企業の生産能力ないし販売能力、収益状況、労使関係、経営状態、業界あるいは地域における地位等の諸要素を考慮のうえ、製品の製造量、運送手段、販売戦略、市場状況等の分析結果などを勘案してこれを決定するのが通例であるというべきところ、実用新案権者の許諾を得ない侵害者により製品の製造販売がなされるときは、その結果引き起こされる過度の販売競争に基づく製品流通の混乱、製品価格の下落等により当該実用新案権自体の価値が侵害されるおそれがあり、また、実用新案権者において法律上あるいは契約上当然に侵害者の行為を差し止めるべき義務を負うかどうかはさておくとしても、侵害者の行為を放置するときは、実施権者との関係で困難な立場となり、ひいては、工業所有権の開発ないし管理を行う者としての社会的地位を危うくするおそれすら否定することができないものというべきである。
本件においては、<証拠>によれば、(1)被申立人は、北越ヒューム管、北越コンクリート株式会社、ホクエツの各社と株式を持ち合い、同一役員による兼任関係にあって、これら各社と共に北越グループを構成し、同グループ内において製品開発及び工業所有権の管理の部門を担当する会社であること、(2)北越グループは、コンクリート製品の製造販売を主たる業務としているところ、昭和五〇年に自由勾配側溝を開発し、昭和五一年四月一五日にその考案である本件考案について実用新案登録出願をした後にこれをVS側溝として製品化し、その普及につとめた結果、VS側溝は、同グループの主力商品となっていること、(3)コンクリート製品の運搬の非容易性により供給地域が工場から一定範囲内に限定されることから、自由勾配側溝の普及を図るため、地域の実情に応じて各社に本件考案の実施許諾を行い、実施権者によるVS普及会を組織して規格を統一してきた結果、全国で一〇〇社を超える各社に実施許諾を行い、全国的に供給することができる態勢を整備するに至ったこと、(4)福井県下においては、北越グループは、VS側溝の売上が全体の五五パーセントを占め、年間約三万五〇〇〇トンのVS側溝を供給していること、(5)申立人は、昭和五四年一一月九日に自由勾配側溝の意匠について意匠登録出願をし、その意匠に係る側溝を門型側溝の名称で製品化した本件側溝を販売するほか、自社の門型側溝の型をホクコン型と称して各地の業者に実施許諾し、また、福井県においては、福井県コンクリート二次製品工業組合という共販組織を通じて本件側溝の共同販売を行ってきたこと、(6)自由勾配側溝の分野における製品は、従来北越グループのVS側溝のみであったところ、申立人が本件側溝の販売により参入して以来、市場における競争から、VS側溝の売込みが困難化し、これに伴ってVS側溝の市場占有率及びその価格も下降しており、特に福井県においてはVS側溝の市場占有率が昭和五二年度における一〇〇パーセントから昭和五七年度に七〇パーセント、昭和六三年度に五〇パーセントと次第に下降しているほか、自由勾配側溝の価格が隣接他県に比べて低価格となっていること、以上の事実が認められる。
右認定の事実によれば、被申立人は、許諾を受けた実施権者との間に経営上密接な関係を有するものであり、また、本件仮処分命令が取り消されるときは、申立人による本件側溝の製造販売により、本件考案の実施品であるVS側溝の販売に重大な支障をもたらし、その結果、北越グループないしVS普及会からなるVS側溝販売網の維持に困難を生ぜしめ、ひいては、北越グループの一員として工業所有権の管理を担当する被申立人の地位自体を危うくするおそれを否定することはできないものというべきであるから、被申立人が本件仮処分命令によって保全される利益が実施料収入に相当する金銭的利益にとどまるということはできず、被保全権利が金銭補償によって受ける利益と等価値であるということはできない。
また、前認定の事実に加えるに、本件実用新案権の存続期間は平成二年四月一五日までであり(この事実は、当裁判所に顕著である。)、ここで本件仮処分命令を取り消すときには、被申立人が差止請求権を行使する機会はもはや失われ、将来の市場占有率の帰すうにも大きな影響を与えることが容易に推認されることをも併せて考慮すれば、本件仮処分命令の取消しにより被申立人の被る損害の範囲及び損害額の立証は著しく困難であるといわなければならない。してみると、申立人に保証を立てさせて本件仮処分命令を取り消したとしても、被申立人において損害賠償請求権を行使するに当たり損害額の立証に著しい困難をきたす不利益を被るものであって、右保証は現実には被申立人の損害賠償のための担保とはなり得ないというべきであるから、この点からも、本件仮処分の被保全権利が金銭補償によって受ける利益と等価値ということはできない。
以上、いずれの点からしても、本件仮処分の被保全権利は、金銭補償により終局の目的を達することができる場合には該当しないから、この点に関する申立人の主張は、採用することができない。
2 申立人の被る異常損害について
債務者において、仮処分の存続により、通常被るべき損害に比較して多大な損害を被る事情が認められる場合には、これをもって民事訴訟法七五九条にいう特別の事情が存在すると解することができる。債務者の被る損害が通常に比較して過大なものであるかどうかについては、被保全権利の性質、当該仮処分の種類内容等を勘案のうえ、仮処分を取り消すことによって債権者の被る不利益ないし損害と仮処分により債務者が被る損害とを比較衡量して、社会通念に従って判断すべきものである。
そこで、本件について検討する。
(一) まず、申立人の直接損害として申立人が主張する点について判断するに、<証拠>によれば、(1)申立人は、全国に一六工場を有して、本件側溝のほか、カルバート、積みブロック、境界ブロック、L型擁壁ブロック、基礎杭、法枠ブロック、U字溝等、多品種のコンクリート製品の製造販売を行っていること、(2)申立人の右工場のうち本件側溝を製造しているのは、福井県所在の鯖江工場と若狭工場であり、鯖江工場が主力であること、(3)本件側溝については、平成元年一〇月現在において若狭工場には二〇〇本程度の在庫しか存在せず、被申立人が同月二三日に鯖江工場において本件仮処分命令の執行をした際には二〇八四本(価額約三〇〇〇万円相当)の在庫があり、これを執行官保管としたこと、(4)鯖江工場の従業員は、二〇名前後であって、同工場では本件側溝以外の製品も製造していること、(5)申立人の昭和六三年度における売上高は一七九億九七〇〇万円、経常利益は一一億二一〇〇万円であるところ、平成元年度後半における申立人の本件側溝の需要は約一万本と見込まれ、この価額は、約一億五〇〇〇万円(一本平均一万五〇〇〇円)であることが認められ、以上認定の事実に照らせば、本件側溝を製造しているのは、申立人の工場の一部であって、本件側溝は、申立人の製造販売する多種類の製品の一部にすぎず、その売上高が申立人の総売上高中に占める割合も、一パーセントに満たないと認められるものであり、この点からすれば、仮に申立人主張のように、本件側溝を販売することができないことにより、売買代金の入金の遅れに伴う金利負担が生じ、本来一括発注されるはずの他のコンクリート製品の売上や顧客との今後の取引にも影響を与えるとしても、これらが申立人の経営に深刻な危機的状況をもたらすものと認めることはできず、また、申立人の従業員の雇用状態に重大な影響を与えるものとも認められない。
他方、本件仮処分命令の発令の経緯についていえば、本件仮処分命令は、昭和六〇年一一月一三日に本件本案訴訟の提起に伴って申請され、本案訴訟と並行して債務者審尋を経て審理され、本案訴訟の第一審判決の言渡しの後に発令されたものであって、申請から発令までの間に三年一一か月余りの期間があったものであり、この事実は、当裁判所に顕著である。
これらの事情を総合考慮すれば、本件仮処分命令により申立人がある程度の不利益を被っていることは認められるものの、申立人の経営に深刻な影響を与えるものとはいえず、他方、本件仮処分命令発令の経緯に照らせば、申立人主張のような事態のうちには、むしろ、本件本案訴訟及び本件仮処分手続の審理期間中に申立人が本件側溝の販売施策として講じてきた企業活動に起因するというべきものが相当程度存在するものといわざるを得ないものである。
以上によれば、申立人の直接損害に関する申立人の主張は、採用することができない。
(二) 次に、本件仮処分命令の公共工事への影響として申立人が主張する点について検討する。およそ債務者以外の第三者に生ずる事情を仮処分取消しの特別の事情として主張することが許されるかどうかについては、民事訴訟法七五九条の趣旨に照らせば、債務者以外の第三者に生ずる事情は、仮処分取消しの特別の事情としては本来認められないものというべきである。もっとも、第三者に生ずる事情が、ひいては債務者に異常損害をもたらすものであるような場合においては、債務者の被る異常損害の一事情として考慮の対象となるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件仮処分命令の公共工事への影響として申立人が主張する内容が右のような場合に該当するかどうかはしばらくおくとしても、申立人が工事に支障を生じている旨当初主張していた各工事現場については、申立人による契約解除の申入れが受け入れられ、他社製の門型側溝が納入され、あるいは設計変更品への切り替えが認められて、いずれも工事に支障を生じていないことは、当事者間に争いのないところであり、また、申立人主張に係る自由勾配側溝の供給不足による平成元年度後半の公共工事実施の困難化については、本件全証拠によっても、本件仮処分命令が存続する場合に公共工事実施につき重大な支障が生ずることを認めるに足りる疎明があるとはいえないから、いずれにしても、この点に関する申立人の主張は、採用の限りでない。
(三) 本件仮処分命令のユーザーへの影響として申立人が主張する点についても、申立人が主張する内容が前記のような場合に該当するかどうかはさておくとしても、本件全証拠によっても、ユーザーにおいて回復不能な経済的損失を被ることを認めるに足りる疎明があるとはいえないから、この点に関する申立人の主張も、採用することができない。
(四) 被申立人側の事情については、本件仮処分命令を取り消す場合に被申立人の被る損害は前認定のとおりであって、被申立人は、金銭補償により償うことのできない不利益を被るものというべきであるから、この点に関する申立人の主張もまた、採用するに由ない。
(五) 本件実用新案権の無効事由の存在に関して申立人の主張する点については、本件全証拠によっても、本件実用新案権の無効が明白であると認めるに足りる疎明があるとはいえず、申立人の主張は、採用の限りでない。
(六) 以上の諸事情を総合すれば、結局、債務者である申立人において、本件仮処分命令の存続により、通常被るべき損害に比較して多大な損害を被るとは認められないから、この点に関する申立人の主張は、採用するに由ないものといわざるをえない。
3 以上によれば、本件においては、民事訴訟法七五九条にいう特別の事情について、被保全権利の金銭補償可能性及び債務者の被る異常損害のいずれも認められないというべきである。
三 結論
従って、申立人の本件申立ては、結局、いずれも理由がないこととなるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 三村量一 裁判官 若林辰繁)